日曜の昼下がり。妻とスーパーに行った帰り道、ちょっと変な人たちを見かけた。工事現場の横にレジャーシートを敷いて、弁当を食べている家族がいるのだ。ダンプカーやショベルカーが行き来し、砂ボコリが舞い上がる横で、お婆さんとお母さん、そして中学生くらいの男の子と、小学生くらいの女の子が2人の計5人の家族が、弁当を広げて食べているのだ。

それを見て私は疑問に思った。確かに今日は気候がいい。だいぶ春めいてきて暖かくなって、桜も満開だ。桜の名所には花見客が押しかけている。しかし、ここには桜なんて咲いていない。高度成長期に造成された古ぼけた団地で、桜以外に鑑賞に耐えるような気の利いた花や木などない。彼らは一体何をしているのだろうか?
「よくあんな所でご飯食べられるわね」
妻が私以外に聞こえないような小さな声で呟いた。この工事現場は私たちがこの街に引っ越してきた16年前から空き地だった。テニスコート1面分くらいの広さがあるだろうか。背の高い雑草が伸び放題だったが、1週間ほど前から、工事用の重機が出入りするようになり、きれいに整地されつつあった。その横で、5人の家族がレジャーシートを広げて弁当を食べている。
「工事用重機のマニアなんじゃないの?」
私は妻の耳元で囁いた。
「マニア?」
「そう、鉄道マニアみたいにさ、シャベルカーとかが動く姿が好きでたまらないとか」
「でも、誰も重機なんて見てないじゃないの」
「確かに、そうだね」
その家族は工事の様子や重機には全く目をくれず、黙々と弁当を食べている。
「施主なんじゃないの?」
今度は妻が僕の耳元で囁いた。
「施主?」
「そう、この土地に家を建てる建主。自分の家の出来具合を見にきたんじゃないの?」
「家の出来具合って、雑草取り除いて整地が終わったところだぜ。わざわざ見にくる?」
まあ、自分のマイホームとなれば、逐一、進み具合を見たくなるんじゃないの?」
「そんなもんか?」
私たちは腕組みをして首を傾げた。
「お前、何やってるのかあの人たちに聞いてこいよ」
「いやよ! あなた聞いてきなさいよ!」
あの家族はなぜあんな所でお花見のように弁当を広げているのか?どうしても気になる私は、確かめることにした。私はレジャーシートの家族に向かって歩き出した。それとほぼ同時に、ヘルメットに作業服を着た男が、レジャーシートに向かって小走りで近づいた。確かこの男は、さっきまでダンプカーやショベルカーに指示を出していた。どうやらこの工事現場の監督とか責任者のような立場の人らしかった。
(危ないから、どこかに行けと家族を注意するのだろうか)
と思って見ていると、男はレジャーシートの横で安全靴を脱ぎ、レジャーシートに座った。そしてヘルメットを脱ぐと、首にかけたタオルで顔の汗を吹き、そしてまだ手付かずの弁当を開けて、食べ始めたのだ。私は彼らに近づき、
「あの、そこでなにをされているんですか?」
と、恐る恐る尋ねた。すると、現場監督の男が口をモグモグしながら言った。
「”働き方改革”ですよ」
「え?」
「働き方改革、知ってるでしょ? 最近、テレビとか新聞とかで、よく言われてるじゃないですか。要するにブラック企業のような長時間労働をやめて、働く時間を短くして、家族との時間とか趣味の時間も大切にして、人間らしい生活を送りましょう、みたいな」
「はあ」
「我が社では労働時間を減らせない代わりに、家族を現場に呼んで、休憩時間に一緒に過ごしていいことになったんですよ。それで母と、妻と子ども達を呼び寄せたってわけです。以前に比べると、家族と過ごせる時間増えて、ありがたいですよ」
と、嬉しそうに話す現場監督の男。しかし、他の家族は全く笑顔がなく、うつむいてボソボソと弁当を食べていた。それ以上会話も続かず、私は気まずくなって、適当にお礼をいうと少し離れて待っていた妻のところに戻った。そして家に向かって歩きながら、妻に現場監督の男から聞いた話をそのまま伝えた。
「へえ、そんな働き方改革もあるんだ」
妻は、買い物袋をブラブラさせながら言った。そして、
「もしあなたの会社が、同じような働き方改革を導入しても、私を会社に呼び寄せなくていいから」
と言った。