私はどうしても年収1000万円を得たいと思った。しかし、それには3つの障害がある。
一つ目の障害は、私はシングルマザーだということ。家事と育児とぱーとが忙しくて、金儲けに使える時間がないこと。
二つ目の障害は、たいした学歴も資格も持っていない。
三つ目の障害は、金儲けに関する知識や方法を全く知らない、ということだ。

しかし、私は絶対に諦めない。やるだけのことはやろう! 私は、知り合いのつてを頼んで、年収数千万円を稼いでいる女社長のところに行った。
その人は私と同じように、一人で子どもを産んで育てながらビジネスをして、年収数千万円を稼ぐまでになった女性なのだ。彼女は会社をいくつか経営し、郊外の豪邸に住んでいた。ラフなTシャツとジーンズという格好だったが、一流ブランドのロゴが入った、かなり高価なものだった。髪は後ろで一つに結び、化粧っ気はほどんどなかった。話を聞くとどうやら50代半ばのようだが、明らかに実際の年齢より若く見えた。常に微笑みを絶やさず、全身から生気と自信が満ち溢れていた。
「どうやったら、私でも年収1000万円稼げるでしょうか?」
私は緊張しつつ聞いた。その人は、一層深く微笑みながら言った。
「”儲ける”という字は、”人を信じる者”と書くでしょう?」
「はい」
「”人を信じる者”になりなさい。どんな時も”人を信じて”あげなさい。そうすれば、年間数千万円稼ぐのなんて、簡単なことよ」
「人を信じるですか
人を信じろと言われても、何から始めて良いのかわからない。頭が混乱してどうにもならなくなったので、どうすれば良いか、大好きな祖母に相談した。すると祖母は愉快そうに笑ってから言った。
「あなたの良い所は素直な所。考えすぎずに、素直に、シンプルにやってみなさい」
「素直に、シンプルにか」
私はストレートに「人を信じ屋」というビジネスを立ち上げた。内容はいたってシンプル。お客さんに、
「あなたを信じてますよ」
と言って、元気づけてあげるサービスだ。まず、路地裏の雑居ビルの1階を借りて、ドアに「信じ屋」という看板をつけた。パソコンに詳しい友達に教えてもらって、一応ホームページも立ち上げた。しかし、最初の半年間は全く客が来ず、ずっと閑古鳥が鳴いていた。心折れて閉店しようかと思った頃、ポツリポツリとお客さんが来るようになった。最初は入試を控えた受験生が多かった。彼らの話を聞いてあげて、
「大丈夫、絶対合格すると、信じてますよ」
と言ってあげるだけで、
「おばさん! ありがとう!」
と、明るい表情で帰っていった。そしてしばらくすると、
「おばさん! 本当に合格したよ! 信じ屋のおばさんのおかげだよ!」
と、満面の笑みで報告に来てくれるようになった。そして学生たちの間で、
「信じ屋のおばさんに『合格すると信じてますよ』といってもらうと、志望校に受かる」
という噂が流れ、次々と受験生が訪れるようになった。さらにテレビやラジオ、雑誌の取材も殺到し、あっという間に食事や睡眠が取れないほど忙しくなった。
それからサラリーマン、OL、主婦などの大人が来るようになった。さらには大企業の社長、テレビで見ない日はないくらい有名なタレント、一流のプロ野球選手、サッカー選手、オリンピック選手、世界的なミュージシャンも「信じてますよ、と言ってください!」と、私の所に来るようになった。某大国の毒舌と強引で政治手腕で有名な大統領が、SPを連れてお忍びで来て、
Please say  “I bielive in you”」(「私はあなたを信じています」と言ってください)
とお願いされた時は心底驚いた。大成功を収めた彼らでも、「信じてますよ」と言って欲しい。人間だれでも、誰かに励まされたいようだ。

気がつくと私の年収はとっくの昔に1000万円を超えて増え続け、1億円の大台を超えた。かつては、シングルマザーで郊外の古ぼけた2間のアパートに2人の子ども達と暮らし、家事と育児と時給の安いパートの仕事に追われていた私。いつの間にか豪邸に住み、お手伝いさんを何人か雇い、好きな時間に働き、好きな時間に子どもたちと過ごす、豊かで自由な生活を手に入れていた。さらに、ジャニーズ事務所にいてもおかしくないような、超イケメンの年下の彼氏までいる。あの女社長にアドバイス通り、人を信じる仕事を続けてよかった

そんなある日、背中が曲がってガリガリに痩せた、白髪で顔中シワだらけの初老の女性がやって来た。
「信じ屋さん、私のこと、覚えてますか?」
え?」
全く覚えがない顔だった。
「あなたに、『儲かるとは人を信じる者』と教えた、あの時の社長です」
「…あっ!」
そう言われてみれば、随分と老けていたが、確かにあの時の女社長だった。しかし、あれから10年も経ってない。あの若々しかった女社長が、たった10年で驚くほど老けていた。
話を聞くと、あの後、友人を信じて借金の保証人になったそうだ。しかし、その友人が借金を踏み倒して逃げてしまい、女社長が全て肩代わりすることになり、ガラの悪い取り立て屋に追い回される生活が始まった。そして、自分が経営していた会社も自宅も手放し、家族は離散してしまったそうだ。それでも借金が残り、今でもコンビニでアルバイトをしながら、少しずつ返済しているというのだ。
「こんな私ですが、また幸せになれるでしょうか?」
大丈夫、きっと幸せになると信じてますよ」

それから数日後、年下のイケメン彼氏から電話があった。
「あのさ、友達から絶対儲かる投資話をもらってさ、銀行から資金を借りてやってみようと思うんだけど、保証人になってくれないかな?」