こんにちは。自費出版&自分史アドバイザーの西山記道です(^^)

突然ですが、文章はどこからやってくるのでしょう?

「そりゃ、頭の中からだろう。

頭で考えてひねり出すものだろう」

と、以前の僕なら考えていたのですが、

それが最近、そうじゃないような気がしてきました。

◆ ◆ ◆

以前のブログでこんなことを書かせて頂きました→●自分の文章の書き方はどのタイプか?

このブログを書いた後、

さらに色々と考えてまして、

例えは「A」という事柄について400文字の原稿を書きたいと思い、

パソコンに向かって書いているうちに、

ちがうヒラメキがあって、

結局、当初は予想もしなかった、

「B」という内容の原稿ができることがあります。

この「B」という内容はどこから生まれたのでしょうか?

 

この「B」を読み返してみると、

以前読んだ本や誰かの言葉、

僕自身が経験したことなど、

過去の出来事に少なからず影響を受けていることがあります。

ということは、

この「B」という文章は過去からやって来たのでしょうか?

◆ ◆ ◆

この文章を書いている途中で、

先日、我らがサンフレッチェ広島が、

CSを制し、2015年Jリーグ年間優勝を決めた時の、

森保監督のインタビューのことを思い出しました。

正確な言葉の表現は忘れましたが、

「普段の生活がそのままサッカーに出るから、

普段の生活をキチンとするように心がけている」

といった主旨のことをおっしゃっていました。

(記憶があいまいなので、間違っていたら申し訳ありません)

 

文章を書くことにも同じことが言える気がしまして、

普段の生活がそのまま文章に出る、

と、感じることがあります。

例えば、普段の生活で不安や悩みが多いと、

いくらポジティブで明るいことを書いたつもりでも、

あとで読み返すと、

なんとなく空回りした文章になっています。

◆ ◆ ◆

脳からの命令が電気信号となって手に伝わり、

パソコンで文章を打ちます。

逆に手を動かすことで脳が活性化され、

当初の予定していた「A」ではなく「B」という原稿が生まれた場合、

その文章は脳ではなく、

手が考えて作られたのでは・・・?

などと、思うことがあります。

◆ ◆ ◆

結局、文章をはじめとする表現、芸術は、

普段、自分が「自分の意識だ」と思っている頭の部分ではなく、

もっと別の何かによって生み出されるような気がするのです。

その「何か」とは、

「潜在意識」と言い換えても良いかもしれませんし、

「es(エス)」あるいは「リビドー」、

もっと大げさにいうなら「神」と言い換えられるかもしれません。

 

とにかく、自分の意識とか意図とは関係ない所で、

文章は紡ぎ出されているような気がします。